4月8日はお釈迦様の日で、甘茶でお祝いする。
昔々、紅顔の美少年?だった頃、中学の生物学の長内先生からの依頼で、標本として同窓生の東海汽船の石川さんがオオミズナギ鳥を番いで寄付されたのだが、実物が生きたままなので死ぬまで飼ってくれというお話だった。鴨より少し大きいぐらいのもので、犬や鶏は飼った事があるが、野生の鳥を飼った経験はない。南方の島で山の木の根元に巣を作り、其処から飛び出しカツオの群れの上空で円を描き、鋭い爪でカツオを取り巣に持って帰るという。動物園で飼育しても1カ月しか生きていないという難しい鳥で、生き餌しか食べない。現在の八丁堀クリニックに住んでいたので、魚河岸が近いが生き餌はない。10月の中頃であったので、同級生が魚河岸にいたので、小魚を分けて貰って、飼育に取り組んだ。生しか食べないので、置いておいても見向きもしない。仕方が無いので、鋭い嘴を無理無理開けて小魚を突っ込んだ。なんやかんや悪戦苦闘して一ヶ月が過ぎ、ある時ポロっと落とした小魚を、自分から食べるようになった。ガー子とピー子と名付け、家族で可愛がった。12月27日にガー子は亡くなり、それからピー子は4月8日に亡くなった。4月10日に学校が始まった時、記者の人達が来て話を聞かれたが、その後の記憶はない。
母が亡くなったのも、3年前の4月8日である。余りにも多くの思い出があって、ここでは書ききれない。本当に心から愛して貰ったと思う。感謝、感謝である。
2011.4.8 旧ブログにて投稿